リハビリ科医が産業医を始めたわけ

株式会社リハビット代表の山崎康太郎(ヤマコー)です。個人のFacebookはこちら

リハビリテーション専門の病院への勤務の傍ら、ITベンチャー・外資系などを中心に企業の産業医をさせていただいています。リハビリテーション(以下「リハビリ」と略します)というのは「病気や怪我で不自由がある人が、機能を回復すること」だと思っている方が多いと思います。そんなことをしている医者が、なぜ「企業の健康を管理する」(よく言われるイメージですが)「産業医」をしているのか、不思議に思われる事があるので、その理由について書きたいと思います。 

もくじ

  1. リハビリが必要ないように、先回りしたい
  2. 健康のPDCAを回すことを、職場から
    1. ちょっと納得行かない方へ
  3. ITベンチャーと働くわけ

1. リハビリが必要ないように、先回りしたい

多くの方が考えるように、病院でのリハビリでは、怪我や病気で体が動かなくなったりした方に、もとの生活に戻れるよう、様々なアプローチを行っています。

  • 脳卒中
    • 手足が動きにくくなる
    • ものを飲み込むのが難しくなる
    • 言葉がじょうずに出なくなる
  • 骨折
    • 手足が動かせない(痛みや安静指示のため)
    • 二次的に、筋肉が痩せて力がなくなる(活動量低下のため)
そうした状態から、もとに戻れる保証は必ずしもありません。手足が二度と動かなかったり、食事を取れなくなってしまうこともあるのです。また、幸いにも機能を取り戻せたとしても、それまでの過程は辛く苦しいものですし、長期間を要することもあります。その間、家庭や仕事はどうなるのでしょうか?日常の生活が失われることの影響は時間的・空間的いずれの意味においても、ときに想定以上の広範囲に及ぶのです。「こんなはずじゃなかった」という後悔の念も湧きやすい。当たり前なのですが、「生活が変わるような、病気や怪我はしないほうが良い」のです。

2. 健康のPDCAを回すことを、職場から

「病気になりたい」「障害を負いたい」と積極的に思う方はほぼいないでしょう。ただ、それをどのように防ぐのかということについて具体的な対処をしている方は多くない、というのが産業医として企業に入ったうえでの実感です。「お金は欲しい、けど何もしていない」という方が多いのに似ています。関心がないわけではないけれど、何をしていいかわからない。或いはアイディアを持っていても、行動に移せていない。行動に繋がらなければ、成果も生じない。でもそれって「関心がある」んでしょうか。

あなたの勤める会社で、同僚の営業成績が振るわないのに何の対策も講じていなかったら「まずいな」と思いますよね? あなたが声をかけなくても、きちんと上司が見てくれていれば指導が入るでしょう。それが会社の目的にかなったことですし、成果が上がらねば、お給料を払う側としては「割に合わない」。組織の目標と現状を把握し、そのギャップを埋めるためにきちんと対応しています会社での仕事には、現状をいち早く察知し、問題や停滞を解消するモチベーションがあるのです。アクションを取り、その評価をするということ抜きに、関心は成果を生みません。必要なのは視点、方法論、そして動機づけです。個人の力では難しくとも、組織であればそれができる。健康についても、同じことが言えると思うのです。

PDCAを適切に、爆速で回すこと、そのためには環境を整えることが一番現実的なのではないか。であれば「職場」をその現場にしよう。これが、産業医をはじめたときの発想でした。

2.1. ちょっと納得行かない方へ:個人のことに会社が踏み込むの?

そもそも健康って個人のことであって、どう向き合うかなんて勝手にすればいいだろうーー 
このご時世、あまり個人のことを会社が言うとハラスメントになるよ?ーー

こんな声も聞こえてきそうですが、会社が会社の成果を追うために、社員に健康で居てもらうことは大切だと思います(別記事で詳説したいと思います)。当然個人の自由は尊重されるべきなのですが、会社組織として取り組むからこそ得られる個人のメリットも考えられます。コミュニケーション次第で、個人の権利を侵さず、win-winを目指すことはできるのではないでしょうか。 

健康についても個人の中に閉じたことと決め込まず、会社の成果に係るファクターであるという認識も持って、みんなで・継続的に取り組むことができたら、組織の求める成果も上がるのではないでしょうか。 個人ではできないことでも、この方法ならできるのではないか。私は「そっちの方が現実的だし、面白い」と思うのです。

*ゼロベースで考えたら、そもそも健康って大事なの?となった方もいるかもしれません。私は医者のくせにそこも疑ってしまったけれど、いろいろ考えて今の活動に至っています。今回はひとまず上のように「手段としてでも重要」だ、と述べるにとどめます。もっとこの話は具体的に掘り下げたいところですので、また別の記事にて。

3. ITベンチャーと働くわけ

多少趣味の分かれそうな話をしました。ただ、実利主義であればこういう考え方に親和性が高いのではないかとも思っていました。土壌の性質があったところに、種まきをしよう。そう考えていました。

しかし、たまたま縁があったベンチャー企業は、案外難しい現場でした。組織としての生き残りをかけたフェイズが続いていく中で、福利厚生という認識で捉えている健康の部分にリソースを割くのは難しい。このようにいえばまあ納得なのですが、そこで引いていては話が進みません。私としては、クライアントが組織として生き残ることは当然ですが、よりしたたかに成長していくために、健康増進のための介入を活かしてほしいのです。ですから次に出てくるのは「健康増進をただの福利厚生と思ってるなんて、損してますぜ」というザックリした説明です。

組織が小さいことや若いスタッフが多いことは、柔軟性にはとても優れているのです。一度納得していただいて、一致・挙社体制で臨めれば、相対的には大きな成果を上げやすい。だからこそ、組織づくりの中に一本、「社員が快適に働ける(そして、健康でいられる)」という軸を通していただきたいのです。もちろん納得していただくまでいろいろな形でサポートしますし、その後もどんどん施策を打っていきます。目的のために大きな変革を恐れないこと、新しいツールなどに抵抗がないこと、そうした資質をITベンチャーという属性の組織は、たいてい満たしているのです。

そして、まだ若い社員が多いことは、まだまだ常識と言えない「会社で健康増進」を社会全体に広げていくうえで最適な種まきの場であると考えています。もちろんどんな年齢の方でも学習や適応というのは可能ですが、社会人として一定の期間を過ごす前の「常識形成期」に介入していくことに、強いモチベーションを感じるのです。とはいえ健康なんて興味もないという方も多い年代。最初は「仕事で成果を上げるため」「捗るため」「モテるため」で良いんです。目の前の利益のために起こした行動が健康にも良いなら最高でしょう。ホントは健康のことなんか、個人が気にしなくても結果が出るようにしちゃいたい


…少し長くなりましたが、「ITベンチャー特化の産業医」という名乗りを上げるようになったのには、こうした経緯がありました。企業の方も、あるいは医療職の方も、ご興味を持っていただけたら、是非一緒に何か形にしましょう。

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